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ニューヨーク:Amica Bunker バーミンガム
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Leonardson-Finkelman Duo すいか
ボブ・ディラン: No Direction Home


ニューヨーク:Amica Bunker

牧原トシ

僕は Amica Bunker というタイトルの由来は良く知らないのだけど、彼らの歴史を知るのに一番の資料が、The Improvisor Journal という雑誌の最新号だ。これにはいろいろ写真付きで、Amica Bunker というシリーズの歴史を細かく説明しているし、そこにかかわって来た Chris Cochrane などのインタビューはかなり価値のあるものだと思う。大変重要なのは「Amica Bunker は Knitting Factory ではない。」という意識だろう。彼らは Knitting Factory を使っているので、よく Knitting Factory のプロデュースの一環として受け止められてる部分が大きいかも知れないが、これは間違いである。実際 Amica Bunker の歴史は Knitting Factory が初めて Houston Street で本格的に活動を開始するそのさらに5年以上前にさかのぼる。いままで、 このシリーズは Alchemical Theater や ABC No Rio, ジェローム・クーパー画廊、などあちこちのスペースを転々としてきた。場所がないときは、ミュージシャンの自宅や、公園などで活動していた時期もある。そしてその間、主催者もいろいろと変わって来たたようだ。実は僕も Amica Bunker の初期、80年代半ばに Alchemical Theater で何回か演奏したことがある。Amica Bunker の歴史については The Improvisor Journal に譲るとして、その在り方や方針を簡単にまとめてみると、次のような感じだ。

最初のころの Amica Bunker のブッキングは「誰でも演奏できる」というものだった。つまり、主催者に連絡をとり、ある程度の情報を提供し、予約登録をすれば、開いている日に演奏ができるというもの。そして、コンサートのプロモーションは演奏者自身がやり、Bunker は場所を提供する・・という仕組み。これは、80年代のニューヨークでは信じられないようなスタイルで、とにかく差別をしない、開かれた在り方として注目された。で、こんなやり方をしたもので、ロックバンドや他のジャンルのミュージシャン達からも「演奏したい」というリクエストが殺到してしまった様だ。もともと Free Improvised Music のために主催された Bunker であったので、このあたりから「Free Improvisation のみ」という条件がつくようになる。入場料は3ドル。これも、経済的余裕の無い人などからは取らない。あくまで「自主的なカンパ」という感じででお金を集める。5ドル払える人はそうしてもいい。こんな感じで続いた80年代の Amica Bunker には、なんというのか開かれた自由さがあった。使われていた Alchemical Theater は、名前は Theater だが、つまりアパートの地下室で、当時のアナーキスト演劇集団のアジトだった。New York の面白いところは、こういう Grass-Roots で Low Tech な場所でも、素晴らしいミュージシャン達が沢山演奏したことだ。John Zorn や Chris Cockrane, George Cartwright など一流ミュージシャンがフラッと現われてちょっと演奏したりした・・そういう場所だった。

現在でも、根本的に Amica Bunker の方針は同じである。「誰でも演奏できる」かどうかはわからないが、ニューヨークにおける Free Improvisation の「ゆりかご的存在」・・ここから巣立って行くミュージシャンは沢山いるし、そういった連中は有名になっても繰り返し Bunker の空間に戻って来る。その辺が、商業主義の Knitting Factory とは一線を引くのかもしれない。「Bunker は knitting Factory ではないんだ。これは口が酸っぱくなるほど繰り返しても言い足りない。」というのも、その辺の違いにあるような気がする。Bunker の良いところは、ツアーのミュージシャン達に対してとても親切で、オープンな状況であることだ。連絡を入れると、急な状況であってもなんらか演奏の機会が与えられる。ニューヨークで Free Improvisation のコンサートをやるには、ある程度そこに住んでいる連中の助けがないとプロモートは難しい。そんな助けを Bunker 共同体は New York の外から来るミュージシャン達に惜しまず与え続けてきた。Amica Bunker は、そう言った意味でも貴重な空間なのである。