ボブ・ディラン: No Direction Home牧原トシ |
| PBS で Martin Scorsese 監督による、ボブ・ディランをフューチャーしたドキュメンタリー映画、「No Direction Home」を観た。前半と後半あわせてで3時間以上に及ぶこのドキュメンタリーは予想したとおりものすごく感動的だった。素晴らしい!こんな時代があったんだ!僕が幼稚園に通っていた頃である。 |
| この映画はディランの音楽活動における初期、1961年のニューヨークデビューから1966年彼がバイク事故を起こし一時期隠遁するまでの期間、おそらくディランにとってもアメリカ音楽の流れにとっても、そしてアメリカの歴史そのものにおいても一つの最も重要な期間と言えるであろう5年間を扱っている。Martin Scorsese 監督による映画の構成、プロダクションは見事で、未発表の Footage をふんだんに取り入れて、この天才の生き方、音楽、そして「生」そのものに迫る。 |
| この映画で一番印象に残ったのは、当時観客やマスコミそして評論家たちがディランの音楽やスタイル、生き方や思想についてあれこれ討議し、彼をインタビュー攻めにして、このスターの「偉大さ」を雪だるまの様に作り上げようとしていたにもかかわらず、当のディラン本人や共演した Al Cooper (彼も本当に素晴らしい!)などはそういった状況自体を無視し、そういったマスコミやファンの傾向から出来るだけ遠くに身を置こうとしていたことだ。ディランは自分に向けられた「偉大さ」や「伝説」などといった表現を無視し続けた。「俺は絶対にお前たちの操り人形にはならない!」という態度が、当時のディランにはあった。 |
| 「あなたは音楽で何を表現しようとしているのか?」とか「あなたの音楽が若い世代にもたらすメッセージとは何か?」といった質問に対し、ディランは基本的に二種類の答え方をする。一つは「わかりません」の一点張り・・そしてもう一つは逆に「あなたはどう思いますか?」と質問者自身に問いを投げ返すやり方だ。あとたまに「なぜそんな質問をするのですか?」という投げ返しをするときもある。 |
| つまり「間違った質問への正しい答えは無い」という事なのだ。質問自体が間違っているとき、質問者自身の意向が間違っているときに、それに対する「正しい答え」などというものは存在しない。そんな状況の中でディランとしては黙って帰りたかったろう。インタビュー中たて続けにタバコを吸い貧乏ゆすりをするディランの様子を見れば、それはすぐわかる。だから「わかりません」と白を切るのは当時まだ若造だったディランにとっては精一杯の反抗であったのに違いない。それはカネや政治、権力やマスコミが音楽界をコントロールするようになる前の時代、音楽家たちにまだ反抗の意識があり、そしてその精神的パワーもあった時代なのだ。 |
| なんて素晴らしいことだろう! |
| アイロニーといえば、当時のマスコミが彼の歌を政治的な「プロテストソング」というカテゴリーに押し込めようとしていたことだ。確かにディランが一緒に活動したジョーン・バエズは当時ベトナム戦争などの状況に対して、大学のキャンパスなどで歌を政治的反抗の手段として歌い続けたけど、ディラン自身はそうではなかった。彼が反抗したのは、逆にそういうレッテルを貼ろうとするマスコミや評論家、そして音楽界をカネと政治権力でコントロールしようとするエンターテイメントビジネスに対してだったのだ。そして挙句の果てに彼は盲目的に踊らされるファンたちに対しても警告する。「僕はきみたちを信用しない」とディランは客席のファンに向かって言う。サインをもらおうと彼の車を追いかけるファンに対し、彼はそれを拒否する。しかも彼は逃げるのではなく、サインを求めるファンに対して「サインはしない!」とはっきり言うのだ。「だまされるな!」という警告なのだ。サインなどなんの意味も無い、なんの役にも立たないクソだ。踊らされるんじゃない。自分の目で現実を見ろ。 |
| こんな状況を背にディランは1966年、一度燃え尽きてしまう。まるで待っていたかのように彼はバイクで事故を起こし大衆の面前から姿を消すのである。彼が再びツアーをはじめるのはその8年も後なのだ。 |
| 僕はこの映画を観て自分が長い間失っていた何かを取り戻せたような気がした。それは音楽への情熱と生きることへの意欲・・この番組を観た後僕はアマゾンですぐにDVDをゲット(あれ、僕だまされているのかな?)・・日本語版が出るかはわからないが、これ是非オススメの一作である。 |
| 2005年10月 |