特別食堂のマドンナ 心の死滅
入谷なってるハウス フィラデルフィア近況 2004年春
ニューオーリンズ:Gas Tank Orchestra クリーブランド:Speak in Tongues
ニューヨーク:Amica Bunker バーミンガム
Kathy Change Sean Meehan
Misha Feigin Amy Denio
Leonardson-Finkelman Duo すいか
ボブ・ディラン: No Direction Home ポケットPC


入谷なってるハウス

牧原トシ

今日は下町入谷にある「なってるハウス」というカフェでコンサートがある。入谷なんて東京にいても普段はまず行かない地域なので、僕は興味シンシンで出かけていった。秋葉原でJRを降り、日比谷線で入谷まで。滞在している市川からは40分で行ける距離だ。歩く時間もいれて一時間弱。悪くない。僕はいつものようにバックパックに楽器を入れてつるつると繰り出していった。

電車のなかでさまざまな人達を見る。「僕はいま日本にいるんだ」という不思議な実感がある。なんだか僕が東京にいるという事実がまるで奇跡のように感じられるのだ。日本人でありながら、「自分がここには属さない者である」という不思議な圧迫感がある。確かにここでは僕は単なる旅人でしかないのかもしれない。自分がここで生まれ、ここで育ち、ここの言葉を話し、訪れれば静かに「ここの状況」に溶けこむことが出来るのに、それを真っ向から切り裂くように「自分はここには属さない」という漠然としたメッセージが自分の意識に暗雲のごとくのしかかってくる。

では僕はアメリカに属す人間なのだろうか?確かにそうだと言いきる事も出来る。「言いきる」のはそれが事実だからではなく、それを「ある事実」として割り切り受け止める意識が自分にあるということだ。それは「事実」というよりも事実のような心理的状況でしか無いのかもしれない。自分がアメリカに属するということは自然発生的に起こった出来事ではなく、自分で選び取って作り上げた状況なのだ。僕にとって日本が心のふるさとであれば、アメリカは活動の場・拠点としてある。だから今回日本で音楽活動をしている自分のこの状況を「奇跡」と感じるのも無理の無い事なのかもしれない。僕は25年もかけて日本に帰ってきたのである。

僕はまるで宙に浮いているようだ。無重力地帯でふわふわ浮いていて自分の体を、自分の動きを、自分の感覚をうまくコントロールできないでいる。僕はまるで風船の様に宙に漂っている。

僕はどこに行くのだろう?

僕はとりあえず入谷に向かっている。そして僕は演奏後とりあえず実家に帰り、そしてとりあえず何か食べて、とりあえず寝る。そしてまた明日何かとりあえず行動する。だとすれば僕は「とりあえず」生きている人間なのだろうか?まるで僕の人生がなにか「とりあえず」の連続のように思えてくる。僕にはそれら「とりあえずの出来事」たちが何か独立した夢の断片の様に意識の中に現われてくることがある。或る時突然僕の「ツラの皮」が厚くなり、目に映る情景が、そして自分のいる状況がまるで映画の様に心のスクリーンに映ってくる・・そのとき僕は自分が誰で、ここがどこで、自分が何をやっているのか・・といったことを一瞬忘れてしまう。現実が一瞬のうちに消えて無くなってしまうのだ。

それと同時に僕のまわりに存在する物事をそれぞれ分別する「存在の境界線」のようなものも脱落してしまう。いままで「ここにあるこのりんご」や「あそこにあるあの椅子」という様に分別され意識されていた「もろもろのもの」からその存在的境界線が脱落し、その結果まるであらゆる色の絵の具がグニャグニャと混ざり合うようにそれら「もろもろのもの」が混ざり合って目前に醜い様相を表出しはじめることがある。

この「醜い様相」は突然やってくるが、旅をしているとそれが頻繁におこることがある。東京では特にそうだった。僕は宙に浮いたように自分の存在を忘れ、そして回りのもろもろのものたちが電子レンジに入れたチーズのようにグニャグニャ溶けていくのを見る。それは「醜い」としか言い様の無い光景なのだ。それは満員電車の中で、新宿の雑踏の中で、日本橋のデパートの中で、僕をいきなり襲った。そのとき僕はしっかりと目をつぶり、嘔吐感をこらえ、存在の境界線がもろもろのものたちに戻ってくるのを待つ。そして僕は「とりあえず」の世界に戻ってくる事ができるのだ。

僕は地下鉄を降りると地図を見ながら「なってるハウス」に向かったが、案の定道に迷ってしまった。不思議な地域だ。とても静かなのだが、住宅地・・というのでもない。何か死んだようにひっそりととならぶ低いビル群に僕は恐怖感を覚えた。それらには人気が感じられず、自分を遮断する壁が道の両側にそそりたっている・・という感じがする。入谷という街自体が一つの「閉まっている店」のようなのだ。僕はタイコを担いでそんな入谷の裏道をゆっくり歩いた。そしてなってるハウスの前に来るとやっと少し足が地についた感じがした。僕はまるで今着地したばかりの「空飛ぶカエル」のように、なってるハウスのドアの前にたたずんでいた。僕は壁の回りを歩きつづけやっと一つの「入り口」にたどり着くことができたのだ。

中に入るとそこは小さなカフェだった。小さな場所の割にはちゃんとしたグランドピアノがあって、それが客席の4分の1のスペースを占めていた。僕はこんなスペースが入谷にあることがとてもうれしかった。なんだか宇宙旅行からやっと地球に戻ってきたような気分だった。僕は小さなステージの一角に自分の楽器をセットした。セットしてタイコを調律するまでに5分とかからなかった。こんなに素早くセット出来るのは本当に素晴らしいことだ。僕はやっと自分の相棒を見つけた・・そんな気持ちだった。

今日の演奏は打楽器が2人にサックスにピアノ。演奏は全体的には良かったと思うし、自分では満足の行くものだった。もう一人の打楽器奏者の音がかなり大きめだったので、アンサンブル全員の音もそれにつられて大きめになっている。彼と対抗するには僕自身ドラムセットをたたいたほうが良いのかもしれないが、それでも僕は「タイコ一個」の設定でコンサートをやり通した。

ここでもまた新しい出会いがあった。ダンサーの新井英夫さんも演奏を聴きに来てくれた。ぼくらは初対面だったが明日日暮里でセッションをすることになっていたのだ。それに由美さんというトロント在住の美術家にも会った。僕は5月にトロントに演奏に行くので、そのときまた是非会いましょう・・という具合に会話が盛りあがり、僕はとてもうれしかった。写真家の芝田文乃さんはコンサートの写真を沢山とっていたようだった。彼女はミュージシャンの写真をとるのが仕事の一つの様で、ここ「なってるハウス」で4月下旬に個展を開く。僕はそれを見れないのが残念だったが、彼女に会えたのはとにかくうれしかった。なんだかこうして新しい出会いがある度に、友人が増えるたびに、僕は本当は自分がここに十分属する存在である・・ということがわかってくるのだ。「自分はここには属さない・・」というメッセージは実は僕自身の意識、思い込み、そして誤解でしかないのかのしれない。僕は宇宙人じゃない。ちゃんと「日本人」として日本で人と関わりあい音楽を演奏し、そして生活をしているじゃないか。

演奏が終わり僕は来た時の道のりを逆に帰っていった。素敵な夜だった。入谷の街は静かに寝こんでいたが、地下鉄駅の周辺は結構人が出ていてそれなりの活気があった。満足だった。

2004年5月