心の死滅牧原トシ |
| 心が死滅したあとに、鳥のさえずりが聞こえてくる。 |
| 自分の部屋をあとにして、府抜けのように彼女の車に乗り込んだのが間違えだったのだ。しかも僕は彼女の車の運転手を買って出るほどのお人好しで、横では彼女が携帯で僕の知らない連中に向かって僕とは何の関係もない話をしている。 |
| いったい僕は何をやっているのだろう?僕は彼女の車を運転し、行きたくもない場所に向かって、実体のないブラックホールのようなハイウエーを走っているのだ。窓からは何も景色が見えず、道には距離というものがない。車はまるで暗黒の空間で停止しているように見える。 |
| 携帯の向こう側で男が彼女に言う。「Say hi to Toshi」僕はそれを聞いたとたん突然激しいめまいと嘔吐感に襲われ顔が真っ白になる。携帯の向こう側で言う彼の言葉が、空中でコンクリートのかたまりに姿を変え僕の胸を直撃する。 |
| 「もうこれ以上運転できない」と僕は彼女に言う。僕はなんとかサービスアレアに車を止める。そして彼女に「トイレに行きたいんだ」と嘘をつき、倒れるように車から出て歩き始める。僕は普段は吸わないタバコを久しぶりに自分で買って外で一服する。まるで宇宙の果てで一服しているような気分だ。タバコはうまくもまずくもない。僕は湿気の多い空気のなかに、まるでオーバーヒートした車のように煙を吐き出しつづける。タバコを吸ってしまうと僕はまた店に戻り悩んだ挙句に Dr Pepper を買う。僕は宇宙の果てで飲みたくもない飲み物を買い、それを飲みながらしかたなく彼女の車に戻る。 |
| 「いったいどうしたの?」と彼女が言う。「コンピューターにデータを入れすぎてハードドライブが Crash したんだよ。」と僕は答える。 |
| 胸が痛い。この押し潰すような痛みには覚えがある。良くない。自分が死と隣り合わせに立っている、というよりも自分が死の世界にいる・・そんな感じだ。僕は自分がこれから行く場所を嫌悪し、自分が今夜そこから逃げられないという絶望感に襲われる。 |
| 一挙にすべてが変わる。そんなときがある。自分が携わってきた「世界」が実は自分にとっての「世界的イメージ」でしかなかった・・ということがわかったとき、そのとき一挙に存在のすべてが変わるのだ。いままでのやり方ではやってゆけない・・今までのやり方がもたらすのは死でしかないということがわかったとき自分はやっと嫌悪する場所を離れ出かけてゆくことができる。 |
| 僕はニューヨークに向かう電車の窓から見る景色の、またたく間に通り過ぎてゆく星の数ほどもあるもろもろのものや人を、すべて「美しい」と思ったことがある。ものすごいスピードで移り変わってゆく風景に現れてくる存在のあらゆる側面を、僕は的確にとらえ認識しそしてその一つ一つを「美しい」と思ったのだ。ブルドーザーを操る作業員や、枕木や、建物や、木や、ゴミや落書き・・そういったものがすべて美しかったのである。それは文句の無い完璧な美しさであった。どうやって僕はそれらすべてを「美しい」と認識したのだろう?それは僕がそれらもろもろの存在者たちを自分の持つ「世界的イメージ」の外側で、というより自分の「世界的イメージ」を通さずに直視することができたからだ。 |
| ではどうしたらその「存在直視」を日々の人間関係の中で生かせるのだろうか?。 |
| 2004年5月 |